開花を迎えた桃の花が街をピンク色に染める、春。その様子から笛吹市は「桃源郷」と呼ばれ、美しい光景を見ようと各地から人が訪れます。例年、一般的な見頃は4月上旬と言われていますが、一足以上早い2月に美しい花で訪れる人をもてなすハウス農園がありました。2月14日の“花見”を約束してまもなく30年。花と果樹をまもる、河野幸雄さんに話を聞きました。
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河野 幸雄(こうの ゆきお)
昭和24年、笛吹市石和町生まれ。先代から農園を引き継ぎ、昭和61年にハウス桃栽培を始めると、それを生かした地域活性化活動「日本一早い花見」に参加。大の桃好き。
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栽培がむずかしくても、桃が好き。
桃・ぶどうの生産量日本一を誇る笛吹市は、中心を流れる笛吹川対岸に広がる扇状地に果樹園が広がります。4月上旬にはその一帯の桃の花が一斉に咲き誇り、まるでピンク色の絨毯を敷き詰めたような美しさに。不思議な景色は、人々を魅了します。
夏から秋にかけては、いよいよ実りの季節。この街の甘くみずみずしいフルーツを、世界中の人が待っています。
“日本一早い花見”ができることで、毎年2月になるとメディアに引っ張りだこのハウス農園を営む、河野幸雄さん。
「親父の頃はりんごだったの。俺が桃が好きだから、桃を始めたんだよ」と笑います。
「この地域には地力が備わってる。とくに、川向こう(笛吹川を挟んで南)は、水はけがよく、根腐れしないから、果樹栽培に適しているんですよ。それに比べてこの富士見の辺りは砂地でやせ地。乾きが強いところだから、桃には適していないんだけどなあ。とにかく俺が食べたかったの」
果物は、栽培がむずかしい。特に足が早い桃は、「今日、あれをしないとダメになる」の連続。少しの変化も見逃せません。
「だからこそ面白い。勉強して実践して、やっと少しできるようになる。いいものをつくろう、美味しいものをつくろうと、ハウス栽培を始めたんですよ」
河野さんがハウスを始めたのは昭和61年。水やりをあまりしない分、実は小ぶりだが、糖度が上がる。河野さんの桃はとにかく甘く、ファンがたくさんいます。
先駆者の熱意に触れて、桃で地域を盛り上げる活動をはじめる。
最適とはいえない土地で、手のかかる桃を栽培する河野さんは、さらに難しいことを行なっています。それは、日本一早い花見「ハウス桃宴」の開催です。
「もともとはね、内輪で楽しんでいた“夜の花見”なんですよ。それがあまりに綺麗で、こんな綺麗なものを独り占めしていていけないとはじめたんです。まさか何百人も訪れてくれるようになるとはねえ」
北は北海道、南は沖縄。飛行機に乗って参加するお花見は、全国探しても珍しいのではないでしょうか。
「2月というのは、街にイベントがほとんどない時期なんですよ。だから、ちょっと早い春を提供することで、笛吹市を楽しんでもらいたいと思ったの」
ハウスならば、雨が降っても風が吹いても花見ができる。河野さんは1999年から毎年、2月14日から約10日間の花見の宴を約束し、まもり続けています。
「全国各地、いろんなところから人が集まって、地域の話題が飛び交う『ハウス桃宴』は、この街の農産物を知ってもらう機会になります。それに、桃宴のおかげで毎年新しい出会いがあります。『桃を送ってください』と求めてくれる人が増えるって、こんな嬉しいことはないですよ」
芸術品の様なフルーツができる理由 。
旅が趣味で、何十年もかけて全国を旅した河野さんは、他を見聞きした上で笛吹市が大好きときっぱり言う。
「この地域は“平ら”でいいよ。太陽をいっぱい浴びているから、人も陽気。果物もおいしいし、街全体にいいにおいがする様な気さえしますよ。素晴らしい街だから、もっと日本一のものがたくさん出てほしいですね」
甘さと酸味のバランスが絶妙な香り高いフルーツはもはや芸術の域。甘い香りのみずみずしいフルーツは、私たちに元気をくれます。だからこそ、おいしいフルーツをつくるためには、人が明るくないといけないのだそう。
それぞれの農家のこだわりを宿し、それぞれの農家が手塩にかけて育て上げるフルーツ。「日本の果物は世界一だと思うよ」と河野さんは言います。
「果物を食べてもらえば絶対です。来て良かったと、心から思えると思います。ここでしか味わえない、本当に採れたての実から、熟れた実まで。産地ゆえ色々ありますから、食べ比べたりして、ね」
年を重ねて、“農家”であることがどんどん楽しくなると話す河野さん。
「農家はなんでもできるから楽しい。一方で、自然や災害は恐ろしい。思うようにできないこともあるけど、喜んでくれるひとたちがいるから、続けていかないと。毎年、2月の前はものすごく苦しいんですけれどね」
約束どおりに花を咲かせ、実を届ける。笛吹市のフルーツは、つくり手の想いの結晶。
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